「謎をひもとく」は「紐解く」?
2024.6
このところ、「謎をひもとく」のような表現をしばしば目にするようになった気がします。この場合の漢字は「紐解く」が多かったのですが、「紐解く」から「解明する」といった意味の使い方に若干の違和感を感じていたので、少し調べてみました。「紐解く」に当て字的な印象があったからでしょうか。
「ひもとく」の用法
そもそも、「解明する」といった意味での用法は、近年になってからのもののようです。手近にある国語辞典を見てみました。
まずは、比較的最近に出た『明鏡国語辞典 第3版』(2021年)を見てみました。
ひもとく【繙く、紐解く】
①書物を開いて読む。本を読む。ひもどく
②調査する。また、解き明かす。「歴史を―」
②は【新】となっていて、「比較的新しく生まれた語や意味」とのことです。
では、少し前のものはどうでしょうか。
新潮現代国語辞典 第2版(2000年)
【繙く】
①書物を読む。(文語的表現。)
新明解国語辞典 第五版(1997年)
【繙く】
①〔巻物や本の帙(チツ)のひもを解く意〕本を出して読む。ひもどく。
中型・大型辞書になりますが
スーパー大辞林(1999年)
【繙く、紐解く】
①〔巻物のひもをほどいて広げる意〕書物を読む。ひもどく。
②衣の下紐(シタヒモ)を解く。男女が共寝する。
③つぼみが開く。
辞林21(1993年)
【繙く】
①書物を開いて読む。ひもどく。
広辞苑 第五版(1998年)
【繙く】
①書物の帙(ちつ)の紐を解く。一般に、書物をひらいて読む。ひもどく。
【紐解く】
①下紐を解く。
②つぼみが開く。ほころびる。
こうして見ると、「(書物のひもを解いて)読む」という意味は共通していますが、「調べる」「解明する」という使い方は、確かに最近のものであるようです。
また、漢字については、「繙く」は共通していますが、「紐解く」は広辞苑にあるように、もともとは「結んだ紐を解く」といった意味で、「調べる」「解明する」という使い方はもちろん、「書物を読む」という使い方ももともとは「繙く」であったようです。
「ひもとく」の新しい用法
この「ひもとく」の用法の広がりについては、「産経新聞 赤字のお仕事」「毎日新聞 毎日ことば plus」に比較的くわしく載っていました。
「産経新聞 赤字のお仕事」には
「考えてみると、『書物を開く』『本を読む』という行為は、なにか調べ物をする、知りたいことを書物から得ようという行為へとつながっていきます。
ひもとく→調べ物をする→何か自分の知らないこと、あるいは知りたかったことなどを、書物から得る→(そういった一連の行為から、今まで分からなかったことを)解き明かす…という連想が(無意識に)進んだのかもしれません。」とあります。
「毎日新聞 毎日ことば plus」でも
「事件のもつれた糸をほどく(=解明する)」といった類似の比喩表現が既に定着していることや、「解き明かす」「解きほぐす」といった表現が「ひもとく」の「とく」と重なることから、『ヒモトクがこれらの複合動詞と連想・類義の関係に入り、徐々に安定した地位を築きつつある』」(国立国語研究所「国語研プロジェクトレビュー」より)」
「つまり新用法はとっぴな突然変異ではなく、十分な素地の上に進化を重ねてきた結果と言えるのです。そもそも伝統用法の『ひもとく』も比喩である(ひもをほどいて終わり、ではなく、その先の読む行為を暗示している)わけですし、現代の書物については実際にひもをほどくわけですらありません。新用法も一種の比喩ですから、おかしな表現だと切り捨てることは難しいでしょう。」としています。
その広がり方については、「中国新聞 資料室発」に資料となるものが見つかりました。「中国新聞紙面に『ひもとく』がどのように登場してきたのか」「記事全文のデータベースがほぼそろっている約30年分、さかのぼって調べてみます。1990年代(1990~1999年)は110回、2000年代(2000~2009年)225回、2010年代(2010~2019年)が378回。実感はそのまま、ほぼ10年ごとに倍増に近いペースで伸びていました。」とのことでした。
「毎日ことば plus」でも、国立国語研究所「国語研プロジェクトレビュー」の上記論文(そのもととなった調査は2012年)をもとに、「『書物を読む』という意味で使われる『ひもとく』を、より広い意味で使いますか?」という問いに対して、「書物を読むという意味でのみ使う 11.9%、「歴史をひもとく」など書物に関係する場合は使う 55.6%、「宇宙誕生の謎をひもとく」など解明する意味で広く使う 32.5%」と記しており、「20~40代では『書物を読む』『歴史書を読む』よりも『歴史を解き明かす』『宇宙の謎を解き明かす』の意味で使う人が明らかに多い」としています。
たしかに、最近目にする機会が増えてきたように思います。
また、「~を解く」からの連想と考えると、漢字で「紐解く」と書くのも、さもありなんという気がします。
〔参考〕
産経新聞「赤字のお仕事」
https://www.sankei.com/article/20170813-SGAKJ7RMXZKXXHBFFQGZYXLORE/
毎日新聞「毎日ことば plus」
https://salon.mainichi-kotoba.jp/archives/25238
中国新聞「資料室発」
https://www.chugoku-np.co.jp/articles/-/287720
国立国語研究所「国語研プロジェクトレビュー」第5巻第2号
https://repository.ninjal.ac.jp/records/783
なお、2010年の記事ですが、あまり用法を広げることには、違和感を感じる方もいるようです。
ジャパンナレッジ「日本語、どうでしょう?」
https://japanknowledge.com/articles/blognihongo/entry.html?entryid=7
「ひもとく」の漢字
では、そこで使う漢字は、何が適切でしょうか。
「ひもとく」を漢字1文字で表現すると、「繙く」となるようです。
そこで「繙」の意味を手元の漢和辞典で調べてみました。
日本語語のための漢字辞典を標榜する「新潮日本語漢字辞典」(2007年)では、
繙〔ハン・ホン・ボン・ひもとく〕
①ひもとく。書物を開いて読む。
②翻る。また、翻す。
では、漢文を読むための漢和辞典はどうでしょうか。
新字源 改訂版(1994年)
繙〔ハン・ホン〕
①ひるがる。はためく。
②ひきつぐ。
③ひもとく
㋐書物をめくり返す
㋑結んであるひもを解く
④翻訳する
漢語新辞典(2001年)
繙〔ハン・ホン〕
①ひもとく
㋐結んである紐を解く
㋑書物を開く。昔の書物は巻いて紐で結んであったからいう
②ひるがえる。ひるがえす。
③くりかえす
④翻訳する
このように、おおよそ、「紐解く」と同じ意味であるようです。また、本来は「結んである紐を解く」だったのが類推で「書物を読む」に広がっていったことがうかがえます。そこから先は、日本独自の展開であったようです
したがって「繙く」と「紐解く」は、「紐を解く」という意味と、「解明する」という意味での使い分けではないようです。
「ひもとく」の表記は何が適切?
ちなみに、『記者ハンドブック』では、「ひもとく」と仮名書きになっています。ただし、通信社や新聞社等は、表外漢字を避ける(「紐」は表外漢字ですが、人名漢字ではある)傾向にありますので、「ひもとく」という仮名書きが適切だと評価したのかどうかは、すこし距離を置いて考えた方がよいように思えます。
ただ、Amazonの書名で検索してみると、「ひもとく」がかなり多く、漢字にする場合は「紐解く」「繙く」が半々くらいの印象でした。
なお、上記国立国語研究所の論文では、「ひもとく」の漢字の用法についても論述されていました。
「ひもとく」「紐解く」「繙く」「その他」の割合でみると、全体では、「ひもとく」52.7%:「紐解く」28.8%:「繙く」17.9%:「その他」6.5%でした。書籍は「ひもとく」53.7%:「紐解く」19.9%:「繙く」22.1%:「その他」4.4%、雑誌は「ひもとく」46.2%:「紐解く」15.4%:「繙く」23.1%:「その他」15.4%でした。
「ひもとく」が多いのは、「繙く」だと読めないかもしれないし、「紐解く」も当て字的な印象があるからかもしれません。
私だったら、「紐解く」「繙く」→「ひもとく」と疑問出しして、「意味が取りやすいように」と補足するでしょうか。